空海とは

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 弘法大師「空海」は宝亀5年(774)に、現在の香川県善通寺に降誕されました。幼い頃より聡明で18才で京の大学に入学され、中国の諸学問を学ばれますが、ご自分を満足するに足らないと、仏教にその教えを見出されて退学をされます。その修行の中で今までの仏教ではない密教に出会われた空海は、自分の求めている物を直感され、唐(中国)に学ばれる決意をされ、31才の時(804年)留学僧として入唐されます。長安の恵果和上に秘法を授けられ、多くの経典や曼荼羅・仏具などと共に806年に帰朝されます。36才の時真言密教の法灯を掲げられ、これより嵯峨天皇の外護のもと真言宗の教えを弘めてまいられます。
以後、多くの著書を著わし、真言密教の教義を弘めるとともに、衆生済度の考えの下、四国は満濃の池の修復や綜芸種智院の開学などを行い、常に民衆の中に自分を置かれ、人々を救われました。ご存知の「いろはうた」も弘法大師の作とされています。
承和2年(835)62才で高野山に入定されるまでの間、即身成仏と社会教化を宗旨として、教育・文化・社会事業と幅広い活動をされましたが、その根底に有ったのは、私たち一人一人への慈悲の心でありました。現在でも「南無大師遍照金剛」と高野山へお参りが絶えないのも、お四国遍路が続いているのもこうした空海の活動と考え方が有ったからです。
延喜21年(921)弘法大師の諡号を賜っています。